2021年9月、World Health Organization(世界保健機構WHO)から発信された文書では、現在世界中で5,500万人以上の人が認知症を患っており、毎年1,000万人近くの方が新たに認知症を発症しているそうです。一方日本では65歳以上の認知症の人は約600万人と推計され、2025年には約700万人(高齢者の約5人に1人)が認知症になると予測されています。改めて「認知症の基礎」を理解し、介護現場のご利用者だけでなく 地域でも増えていく認知症の方やその予備軍の方に「プロの介護士」として頼りにされる存在になりませんか。
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認知症の定義
認知症とは、いろいろな原因で脳の細胞がしんでしまったり、働きが悪くなったためにさまざまな障害が起こり、生活するうえで支障が出ている状態(およそ6ヶ月以上継続)をいいます。物忘れがあるが日常生活に支障がない状態を軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)と呼んでいます。MCIは認知症予備軍とされていますが、全ての人が認知症になるわけではありません。年間15~20%が認知症に移行するといわれ、5年後に約40%が正常なレベルに回復したというデータもあります。
引用:厚生労働省老健局 認知症施策の総合的な推進について
認知症の症状
1)物忘れと認知症の違い
誰でも年を重ねると、「物忘れ」が出てきます。例えば、探し物をするために隣の部屋まできて「あれ?何を探しに来たんだっけ」と探し物を忘れてしまい、数分してやっと思いだしたという場合。このような「物忘れ」は年相応の物忘れです。日常生活や社会生活に支障はありません。一方、認知症の「物忘れ」は体験の全て「なぜにここにいるのか」を忘れてしまいます。このような物忘れが頻回にあると日常生活・社会生活に支障がでてきます。
2)認知機能が低下し、認知症に至る経緯
記憶力、言語能力、判断力、計算力、遂行力などの機能を認知機能といいます。認知機能が正常な人が突然認知症になってしまうことは少なく、少しずつ認知機能が低下し認知症になります。完全に正常ではないが認知症ともいえない状態を「軽度認知障害(MCI:Mild Cognitive Impairment)」と呼んでおり、この軽度認知障害の段階で発見して原因を診断し、治療方針を立てることが重要だと言われています。
引用(図1):一般社団法人日本神経学会「認知機能が低下して認知症に至る経緯」
3)認知症の中核症状と周辺症状
脳の細胞が壊れることによって直接起こる症状が中核症状と呼ばれるものです。そして本人がもともと持っている性格、環境、人間関係などさまざまな要因がからみ合って、うつ状態や妄想のような精神症状や、日常生活への適応を困難にする行動上の問題を周辺症状と呼ぶことがあります。このほか、認知症にはその原因となる病気によって多少の違いはあるものの、さまざまな身体的な症状もでてきます。とくに血管性認知症の一部では、早い時期から麻痺などの身体症状が合併することもあります。アルツハイマー型認知症でも、進行すると歩行が拙くなり、終末期まで進行すれば寝たきりになってしまう人も少なくありません。
4)認知症の中核症状
中核症状とは、脳の病的変化や病気などによる脳の障害などで脳細胞が死んでしまい、その死んだ脳細胞が担っていた役割が失われることによっておこる症状をいいます。
認知症の中核症状 | ||
記憶障害 | 認知症初期からみられる症状。物事を覚えられなくなったり、思い出せなくなります。新しいことを記憶できず、直前の出来事が思い出せなくなります。さらに認知症が進行すると以前覚えていたはずの記憶もぽろぽろと失われていきます。 | |
見当識障害 | 見当識とは、自分が今どのような状況にいるのか正しく把握する能力をいいます。見当識に障害がでると、時間や季節感の感覚が薄れていき、その後自分のいる場所がわからなくなって迷うようになります。さらに病気が進行すると、自分の年齢・家族の生死などの記憶が失われます。 | |
理解・判断力の障害 | 思考スピードが低下し、二つ同時に処理することができなくなります。様々な手続きや状況把握や説明が理解できなくなります。些細な変化やいつもと違う出来事で混乱してしまうなどの症状も起こりやすくなります。例えば「熱いから気をつけて!」「トイレ、大丈夫?」などの曖昧な表現や「おまんじゅう沢山いただいたんたけど、もらってくれないかな?」など推測する必要がある表現は難しくなります。 | |
実行機能障害 | 遂行機能障害とも言います。計画や段取りをたてて行動できなくなります。夕食のメニューを考え、冷蔵庫にある食材と、買いに行く食材を選択し、買い物に行くという一連の行為を実行機能といいます。実行機能に障害があると、洗濯をしながら犬の散歩に行って、散歩から帰ってきてから洗濯物を干すといった複数の行動を計画的に行うのが難しくなります。また予想外の出来事に対して適切な方法を選ぶことができなくなります。例えばいつもの散歩コースが工事で通行止めになっている場合、どうしてよいのかがわからなくなります。 | |
失語 | 運動性失語 | ブローカー失語とも言います。相手の話すことは理解できるが、自分の思っていることを思うように言語に表現できない状態。相手から何度も聞かれたり思うように話せないことで苛立ち、話す意欲をなくす人もいます。 |
感覚性失語 | ウェルニッケ失語とも言います。言葉は流ちょうに出てくるが、相手の話や言葉の意味は理解できない状態をいいます。 | |
失認 | 身体的には問題がないが視覚・聴覚・触覚・嗅覚・味覚による認知力を正常に働かせて状況を正しく把握することが難しい状態。例えば触られている事実はわかってもその触られている場所がわからない、目でハーモニカを見ても認識できないが、音色を聞くとハーモニカだと認識できる状態。 | |
失行 | 麻痺などの運動障害がなく、言われたことも理解しているにもかかわらず、日常生活で普段行っている動作がうまくできなくなる状態をいいます。 |
5)認知症の周辺症状
行動・心理症状(BPSD; Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)と呼ばれています。本人のもともとの性格や環境、人間関係など様々な要因や背景によって現れる、心理面・行動面の症状です。
認知症の周辺症状 | ||
行動障害 | 徘徊 | 自宅から外出して帰り道がわからなくなってしまい町内を歩きまわったりします。夕刻から激しくなることが多い。 |
異食 | 食べられないものを口に入れてしまう、あるいは食べてしまうことをいいます。脳の側頭葉の変化に伴い現れやすい症状。 | |
多動 | 前頭側頭型認知症の周辺症状として挙げられます。常に同じ行動を繰り返すことが特徴。落ち着きがなく、同じコースをずっと歩き回る周徊や、同じ時刻に同じ行動を繰り返す「時刻表的生活」などが見られます。 | |
作話 | 記憶が不確かだったり、過去の不要な情報が頭に残っていたりすることが原因。本人は悪気がなく、頭の中の情報を繋ぎ合わせて話したことが、周囲からは嘘をついているように思われてしまうこと。 | |
暴力行為 | 認知症によっては、前頭葉の神経細胞の機能が低下してしまうと、感情のコントロールが難しくなり介護者や家族に対して過度に攻撃的になり、暴言を吐いたり暴力を振るうこと。 | |
不潔行為 | 中等度のアルツハイマー型認知症の人が、お尻に違和感を覚えるととっさに手でふれ、手に便がつき、その手を壁にこすり付けてしまうこと。 | |
心理症状 | 不安・焦燥 | 今まで出来たことが出来なくなったり、もの忘れがひどくなってきたりすることで、家族に見捨てられるんじゃないかなどの考えが浮かび不安になったり焦燥感をもったりすること。 |
抑うつ | 「悪いのは自分だ」と自分を責めて自責的になります。 | |
幻覚 | 現実にはないことを見たり聞いたりすること。しかも一瞬の錯覚ではなく一定の時間の経過の中で継続します。 | |
妄想 | 周囲からみると明らかにありえないようなことでも、自分が直接的に何かを感じてしまうこと。認知症の妄想は「お金がない!」「食事に毒が入っている」などの被害感が出てくる場合があります。 | |
人格変化 | 認知症の進行とともに明確な変化となって現れ、末期には人格の解体が進み、名前を呼ばれても全く無反応な状態に陥ります。それまでの性格がより強調され、神経質な人はますます細かなことを気にします。用心深い人は猜疑的性格になり、意地っ張りの人は頑固になるなどの変化が現れます。反対に今までとは全く違う性格傾向が現れることもあります。非常に神経質だった人が、認知症の進行とともに大ざっぱになることもあります。 | |
睡眠障害 | 高齢者は一般的に十分に寝た感じ(熟眠感)がなくなるが認知症の脳の萎縮があると睡眠が乱れ認知症の悪化につながります。 |
認知症の種類
認知症は、認知機能の障害によって社会生活などが困難になる病気を総称したものです。代表的な疾患がアルツハイマー型認知症ですが、他にも脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症など、さまざまな種類の症状があります。
引用:国立研究開発法人国立長寿医療研究センター「認知症はじめの一歩」
1)アルツハイマー型認知症
1906年、ドイツの精神科医アルツハイマー(Alzheimer.A.)によって報告された認知症疾患です。大脳皮質の神経細胞が消失し、脳の萎縮が起こります。
症状
・記憶障害・・・物盗られ妄想、不安症状、うつ状態
・思考と判断力の障害・・・手順どおりに一連の作業をすることが困難。(遂行機能障害)
・見当識障害・・・自分が今どんな状況にいるのかという認識が障害されます。一般的には①日付や季節・時間的な事柄についての認識(時間の見当識)②今いる場所がどこかという認識(場所の見当識)目の前にいる人物はだれであるじゃという認識(人物の見当識)の順に障害を受けていきます。
・人格の保持・・・全体の態度や対人関係での対応、周りへのかかわりかたなど、人格は比較的保たれていることが特徴とされています。
経過
認知機能の低下は直線的ではなく、少しずつ進行し、ある時期においては安定状態もみられます。しかしながら身体侵襲(体が傷つくこと:骨折や手術など)や環境変化をきっかけに急激な認知機能の低下が起こることがあります。
2)血管性認知症
高血圧、脂質異常症、糖尿病、脳動脈硬化症などがあると、脳の血流が障害され血管障害をきたします。脳卒中(脳梗塞・脳出血)です。もう一つのタイプとして大脳の白質に広い範囲で脳血流の乏しい病変がおこり認知症を引き起こし、ゆっくりと進行します。
症状
・発作型・・・脳卒中をきっかけとして発症、片麻痺や言語障害などの局所症状を伴います。①皮質を含む広範梗塞型 ②大脳深部小梗塞多発型があります。
・緩徐型・・・徐々に出現するので局所症状は乏しいのが特徴。かつてビンスワンガー型脳症とよばれていました。アルツハイマー型認知症との区別が困難な型です。
区別
アルツハイマー型認知症 | 脳血管性認知症 | |
発症年齢 | 70歳以上に多い | 60~70歳に多い |
男女比 | 女性に多い | 男性に多い |
自覚症状 | 特になし | 頭痛・頭重、めまい、物忘れ、肩こり、めまい、四肢のしびれ、耳鳴り、不眠、気分の不安定など |
経過 | 少しずつ確実に進行 | 階段を下りるように進行、よくなったり悪くなったり |
身体症状 | とくになし | 高血圧、糖尿病、循環器障害、片麻痺、感覚障害、構音障害など |
特徴的な症状 | 多弁、落ち着きがない、屈託がない | 感情失禁、うつ状態、せん妄など |
3)レビー小体型認知症
レビー小体型認知症は脳の全体に、レビー小体と言われる異常物質が沈着して発症します。
症状
・パーキンソン症状・・・足がすくんだようになり、最初の一歩が踏み出せず、歩きだすと小刻みに歩いたり、前傾姿勢で突進したように歩きます。
・幻視体験・・・見知らぬ他人が家の中を歩いていたり、景色が見えてきたりするなど、とても現実的に繰り返して起こります。
経過
初期には、人物や小動物の幻視が出現し、パーキンソン症状も見られます。尿失禁や便秘、起立性低血圧などの自立神経症状に伴う失神もよくあります。また、家族の顔を他人と誤認する人物誤認もこの時期にみられます。中期になると、幻視や人物誤認が被害妄想を生みパーキンソン症状も悪化し転倒が非常に多くなります。さらに進行すると、他者とのコミュニケーションがとても困難になります。また、全身の硬直や歩行障害がひどくなり、嚥下機能が障害され、誤嚥性肺炎を繰り返し、末期には、パーキンソン症状により寝たきりとなり、死に至るケースが大半です。
4)前頭側頭型認知症(ピック病など)
初老期に発症する代表的な認知症の疾患。脳の全体が徐々に委縮するアルツハイマー型認知症とは異なり、前頭葉と側頭葉に限定して脳が委縮していく病気です。
症状
前頭側頭型認知症には「人格の変化」に特徴があります。自分勝手によく欲望のまま行動します。初期には記憶低下や生活の障害は軽いため認知症とわからないことが多いのです。人から注意をされても耳を傾けることをせず我が道を行くといった行動をとります。誰に対しても性的な行為に及んでしまうことがあります。決まった道しか通らなかったり、決まった食事しかしないなどの決まりごとがよく見られます。
経過
上記のような症状が何年も持続し、認知症の進行とともに無言、無動、寝たきりの状態になります。10年以上の経過をたどることになります。
認知症の主な原因・疾患
変性疾患 | アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症 |
脳血管障害 | 血管性認知症 |
感染症 | クロイツフェルト・ヤコブ病、脳炎、進行麻痺など |
腫瘍 | 脳腫瘍(原発性・続発性)、髄膜癌腫症など |
外傷 | 慢性硬膜下血腫、頭部外傷後後遺症など |
髄液循環障害 | 正常圧水頭症 |
内分泌障害 | 甲状腺機能低下症、下垂体機能低下症など |
中毒・栄養障害 | アルコール中毒、ビタミンB12欠乏、ビタミンB1欠乏など |
認知症を引き起こす病気のうち、もっとも多いのは、脳の神経細胞がゆっくりと死んでいく「変性疾患」と呼ばれる病気です。アルツハイマー病、前頭・側頭型認知症、レビー型小体病などがこの「変性疾患」にあたります。続いて多いのが、脳梗塞、脳出血、脳動脈硬化などのために、神経の細胞に栄養や酸素が行き渡らなくなり、その結果その部分の神経細胞が死んだり、神経のネットワークが壊れてしまう脳血管性認知症です。
おわりに
2004年、厚生労働省「痴呆」に替わる用語に関する検討会において「痴呆」から「認知症」へ用語が変更されました。「痴呆」という用語によって次のような問題点があるとしたからです。①侮蔑感を感じさせる表現であること②痴呆の実態を正確に表していないこと③早期発見・早期診断等の取り組みの支障になること。しかしながら、実際の現場ではどうでしょうか。さすがに「痴呆(ばか、あほう)」を使う職員はいませんが、「認知症」と言わず「ニンチが入った」「ニンチがすすんだ」などと正しく「認知症」ということのできない職員がまだまだいるようです。そして「認知症」そのものの理解も個人差が大きいのではないでしょうか。目の前のご利用者はどんな認知症なのでしょう?表出している症状は何が起因となっているのでしょう?「科学的介護」を求められる今、根拠をもって支援することができる、そのためにも「基本を知ること」これは私たち介護士に一番必要とされている学びではないでしょうか。今回は【認知症の基礎理解Ⅰ】として認知症の定義から症状・原因まで徹底解説いたしました。今後も基礎から丁寧に学んでまいりましょう。
介護のプロを育成するメディアCAREPIST LAB.では「基本の学び」を大切にし、明日から実践できる知識や技術を発信してまいります。