日本人は世界でも有数の長寿国です。令和2年厚生労働省の「平均寿命の国際比較」によると平均寿命は、男性では81.64年、女性では87.74年と、男女ともに過去最高を更新しました。今後さらに平均寿命はのびるだろうと予測されています。その日本の長寿を支える「食事」。その食事の意義や目的を知ることで高齢者が楽しく食事できるために介護職として何ができるのかを一緒に考えていきましょう。
引用:厚生労働省統計一覧 「平均寿命の国際比較」
Contents
高齢者にとって食事とは?
1)楽しみ、生きがいと社会参加
高齢者にとって「食べること」は楽しみや生きがいの上からとても重要であり、施設に入居している要介護高齢者の楽しいことの一番の楽しみは「食事」といわれています。 介護予防の視点から見れば、高齢者が買い物や食事づくりに参加することで自身の役割を認識し、社会参加への意欲向上にもつながっていくでしょう。
2)生活の質の改善
食べることには「買い物」「食事作り」「後片付け」などの一連の生活行為が伴い、それらの行為を通して、家族や地域の人とのコミュニケーションも生まれます。一方、生理学的には「朝」「昼」「夕」と規則的に食べることで生活にリズムが生まれ、規則的な便通が促されます。また日本には季節ごとに旬の食べ物があったり、「行事食」もあります。このようなことから高齢者の生活の質を維持・向上させることにもつながると言えるでしょう。
3)低栄養状態の予防と生活機能の維持
人は、タンパク質と活動のためのエネルギーを摂取し続けなければ生命を維持することができません。高齢者は、身体的な問題や身近な人の死などのライフイベントによって食欲が低下し、タンパク質やエネルギーが欠乏して低栄養状態に陥りやすくなることもあります。
引用:厚生労働省 資料4-1 高齢者にとっての「食べること」の意義
どのくらいの食事量(カロリー・栄養)が必要なのか
日本人の食事摂取基準(2020 年版) これは健康増進法に基づき、国民の健康の保持・増進を図るうえで摂取することが望ましいエネルギーと栄養素の量の基準を示しています。この基準の使用期間は5年。現在の2020年版は令和2年度~令和6年度まで使用されることになっています。対象は健康な人で、高血圧・脂質異常などのリスクを有していても自立した日常生活を送っている人をその中に含みます。
1)必要なエネルギーの摂取量及び消費量のバランス
必要なエネルギーの摂取量及び消費量のバランスの維持を示す指標にBMIを使用します。目標とするBMIの範囲内に体重を設定し、肥満以外に高齢者の場合には低栄養予防のためにも、エネルギーをしっかりと補います。75歳以上の場合、エネルギー指標は男性1,800kcal、女性1,400kcalと設定されています。
【表1】高齢者の推定エネルギー必要量
男性 | 女性 | |||||
身体活動レベル | Ⅰ | Ⅱ | Ⅲ | Ⅰ | Ⅱ | Ⅲ |
エネルギー(kcal/日)65~74歳 | 2,050 | 2,400 | 2,750 | 1,550 | 1,850 | 2,100 |
75歳以上 | 1,800 | 2,100 | 1,400 | 1,650 |
レベル I は自宅にいてほとんど外出しない者に相当する。高齢者施設で自立に近い状態で過ごしている者にも適用できる値である。レベル II は自立している者、レベルⅢは移動や立位の多い仕事への従事者。あるいは、運動習慣をもっている場合
【表2】目標とするBMI値
年齢 | 目標とするBMI値 | BMI値の求め方
BMI=体重(㎏)÷身長(m)÷身長(m) |
65~74歳 | 21.5~24.9 | |
75歳以上 | 21.5~24.9 |
引用:厚生労働省 日本人の食事摂取基準(2020 年版)
2)低栄養防止のために必要な栄養素
活動量や筋肉量を維持するために、エネルギーとたんぱく質をしっかり摂取することが大事です。穀類は、エネルギー源になる炭水化物を多く含む食品であると共に、たんぱく質の摂取源にもなります。穀類のたんぱく質には一部のアミノ酸が少ないため、良質のたんぱく質を多く含む魚介類、肉類、大豆・大豆製品、卵類、乳類を組み合わせて選ぶことが必要です。
引用:消費者庁 高齢者の低栄養防止
食事をしっかり食べてくれない
発熱や嘔吐・下痢等のはっきりした身体症状があらわれていないにもかかわらず、それまでしっかり3食残さず食べていた方が急に食事を残してしまわれる、そんな場面に遭遇したことはないでしょうか。何度おススメしても「まあ、いいわ…」と箸をおいてしまわれる・・・。そんな食欲不振の裏側にはいくつかの原因があります。そしてその原因はひとつとは限りません。
原因を知る
食欲不振の原因は大きく分けて「病気によるもの」と「病気によらないもの」の2つに分けられると考えてよいでしょう。
1)病気によるもの
*身体的病気
悪性腫瘍・感染症内分泌疾患・消化管疾患・中枢神経疾患・口腔内疾患(虫歯や口内炎など)・脱水・風邪・機能的ディスペプシア(胃の痛みや胃もたれなどの症状が続いているにもかかわらず、内視鏡検査などを行っても異常がみつからない病気)など
*精神的病気
うつ病・認知症・神経性食思不振など
2)病気によらないもの(主に加齢によるもの、ストレス)
*運動能力の低下
運動能力の低下により筋肉量も減少、そのため1日に必要となるエネルギーも少なくなり食欲が低下します。また、嚥下機能や咀嚼機能も衰え、食事に対する不安が増大し食欲不振となります。
*視力の低下
彩りなど目で楽しむことが難しくなり「食べたい」という欲求がわかなくなります。また、白内障になるとかすんで黄色っぽく見えることなどから、食欲不振を招く要因になるとも言われています。
*味覚や嗅覚などの変化
味覚や嗅覚などの機能が衰えてしまい、美味しく感じなくなります。食事そのものを楽しむことが難しくなります。
*環境変化などのストレス
身近な家族との死別や、施設入居などの環境変化などによるストレスは不安感や孤独感を大きくし、意欲低下、同時に食欲を低下させる要因にもなります。
*その他にも、社会的な要因(近所のスーパーに行けなくなった)生活習慣の乱れ、薬剤性のものなども挙げられます。
食欲不振を防ぐための対策
高齢者の食欲不振の原因は身体的病気によるもの(消化器疾患などの器質的疾患など)や精神的病気によるもの(認知症やうつ病などの精神的疾患)や環境要因など、その原因はいろいろと考えられます。私たち介護士は身体的な病気や精神的な病気を直接治療することはできませんが、「何かおかしい」と感じたら医療職へつなげることと同時に、様々な角度から食欲不振につながる原因を探りその原因に対処していくことが大切でしょう。
高齢者が食べにくいもの
高齢者は加齢によってさまざまな機能が低下してきます。口腔内に残る自分の歯が減少し総入れ歯になると「かみ砕く能力は健康な人の3分の1から6分の1になるといわれています。そして咀嚼に関連する筋力が低下すると咀嚼に要する時間が長くなり、唇がしっかり閉じず食べこぼしが起こります。さらに唾液の分泌量も減るため唾液の粘度も強くなります。そのような点から下記などの食品が食べにくくなってきます。
形状 | 食材・料理 |
繊維が多く硬いもの | ごぼう、れんこん、きゅうり、千切キャベツ、レタス、ふき、たけのこ、セロリ、もやし、水菜、青菜の茎の部分、パインアップル、いか、たこなど |
スポンジ状のもの | がんも、凍り豆腐、はんぺんなど |
噛みにくい(硬い)薄くてぺらぺらしたもの | せんべい、厚みのある肉、りんご、梨、柿、フライなどの衣、薄切り肉、ハム、かまぼこなど |
水分が少ないもの | トースト、せんべいなど |
上あごに張り付いて取れにくいもの | のり、わかめ、青菜などの葉、きなこなど |
硬い粒が口の中でばらばらになる、ぽそぽそするもの | チャーハン、お茶漬け、野菜のみじん切り、こふき芋、蒸かし芋、そぼろ、焼き魚など |
口の中でまとまりにくく、喉へ流れ込みやすいもの | なめこ、汁物、水、お茶など |
粘りや弾力が強いもの | もち、かまぼこ、こんにゃく、椎茸、パン、スパゲッティ、ラーメンなど |
口の奥で形がつぶれるもの | 豆腐など |
粉っぽいもの | きな粉や粉砂糖をまぶした菓子など |
酸味が強すぎるもの | 酢の物、酢みそ、酢醤油、かんきつ類など |
すすりあげて食べるもの | 麺類など |
食べやすくする工夫
1)噛みやすくする工夫
大きい食材は、ひと口大にするなど食べやすい大きさに切ったり、すりおろしたりしましょう。また、かたい食材は、蒸し器や圧力鍋などの調理器具などを利用して、短時間で芯まで柔らかくするとよいでしょう。「一度ゆでてから焼く」など、一手間をかけることも大事です。繊維が多い食材は、かみ切りやすくするために繊維を断ち切りましょう。特に、かみ切りにくい肉は叩き、皮を取り除いて切れ目を何か所か入れると食べやすくなります。隠し包丁を入れると火の通りもよくなり、柔らかく仕上がります。また、すり身にして「つみれ」などにすると繊維も切れ、口の中でまとまり食べやすくなります。
2)飲み込みやすくする工夫
口の中でまとまりにくい食材は、とろみをつける・ゼリー状にするなどして飲み込みやすくしましょう。なぜなら、口の中でまとまりにくいパサパサ・ぽそぽそしたものやサラサラとしたみそ汁などの液体は、誤嚥を招く可能性が高いためです。片栗粉やとろみ剤、コーンスターチなどでとろみをつけたり、また、ゼリー状にすることもお勧めします。
高齢者が食べやすいもの
形状 | 食材・料理 |
ミンチ状のもの | やわらかい肉団子・つくね・つみれなど |
ゼリー状のもの | ゼリー・水ようかん・煮こごりなど |
ポタージュ状のもの | シチュー・カレー・コーンポタージュなど |
ピューレ | 果物をミキサーにかけたものなど |
乳化されたもの | ヨーグルト・アイスクリーム・飲むヨーグルトなど |
プリン状のもの | 卵豆腐・具なし茶碗蒸し・プリン・ムースなど |
おかゆ状のもの | おかゆ・パンがゆなど |
とろろ | すりおろしたとろろ芋 |
加齢に伴い低下する嚥下(飲み込む)機能
取り入れた食べ物を歯で噛み砕き(咀嚼)食塊(唾液と混じって飲み込む直前の塊)になった食べ物は食道を通って胃に送られます。この一連の過程を嚥下といいます。嚥下反射は自分の意思でコントロールできません。咽頭からの嚥下反射によって食道に送り込まれ時には喉頭が挙上し喉頭蓋が閉鎖します。高齢者の場合は加齢とともに喉頭挙上ができにくく喉頭閉鎖が弱まってしまいます。そのため誤嚥をしやすくなります。
高齢者の食事で気を付けること
1)5感で楽しむ工夫をしましょう
「食べやすくすること」を最優先するあまり、刻んだり、ペースト状にと安易に形態をかえてしまっては、どんな食べ物か判断がつきにくく、食欲が低下してしまいます。食事を美味しく感じるのは五感で楽しむこと。特に視覚からの情報は8割程度あるといわれています。食欲を高めるためには、料理の見た目を良くする、元の形がわかるように盛り付けることです。
2)環境を整えましょう
家族や友人と一緒に食べる食事は食欲も増します。コロナ禍においてはいろいろと制約もありますが、マスク会食など工夫をして、食事の時間を楽しく生きがいのある時間としましょう。人の体内には体内時計が備わっており、生活のリズムがあります。規則正しい食生活を送ることで、食事時間も整い、3食きちんと食べることができます。決まった時間に食事をとることで、生活リズムが整います。
事例から学ぶ
状況:特養入居中のAさん(要介護4)食事形態は普通食。今までは毎日3食を残さず食べていました。数か月かけて少しずつ食事を残すようになってきました。「食事を少しでも食べませんか」と職員が声を掛けますが、Aさんはなかなか食べようとしません。
状況の把握
①いつから残すようになっているのか?
→3か月前から
②何を残すことが多いのか?
→根菜類・水菜・肉類
③何を食べるのか?
→味噌汁・ごはん・デザート類
④いつなら食べることができるのか?
→特に関係なし。
原因を探る
①口腔内のトラブル?
②嚥下(飲み込み)咀嚼(かむ力)が弱くなっている?
③消化器系の疾患?
④活動量の低下?
対応策を考える
①歯科衛生士に口腔内を確認してもらうと義歯が合っていないことが判明。
②嚥下や咀嚼は特に衰えていない様子。
③看護師に相談し血液検査実施。検査結果問題なし。
④身体状況は特変なし。活動量自体は減っているが、食べていないことで減っているのかどちらが先なのか不明。ただ元気はない。
支援方針を考える
①④より、歯科受診をし義歯を調整してもらいました。食事内容については、一旦、繊維が多く硬いものに関しては繊維を切る様にして提供しました。食事席を食事介助の方が多いテーブルから、比較的自立度の高い方のテーブルへと移動してもらいました。
結果
食事の際、周りのご利用者と話をしながら、今まで通り食事をするようになり食事形態も徐々に元に戻すことができました。(食事形態を戻す際は看護師・歯科衛生士・管理栄養士と相談しながらタイミングを見計らってください。)
まとめ
私たちはなぜ「食事」をするのでしょうか。
もちろん「生きるために必要なエネルギーや栄養素を補うため」です。それと同時に、食事を「楽しむことができる」ことも生活の質の視点からとても重要です。高齢になると様々な原因で食事をとることができなくなることがあります。いわゆる「食欲不振」は「食欲がない」状態ですが、その原因が病気によるものか、加齢やストレスによるものかを多職種で情報共有し見極めていかなくてはなりません。今回は「高齢者にとっての食事とはなにか?」「食欲不振の原因など」食事介助に入る前に抑えておきたい部分にフォーカスいたしました。ここからさらに深堀していきますので、次回もぜひご覧くださいね。