人が避けて通ることのできない「死」 人生のストーリーの最後の1ページをどのように締めくくるのか?どのような最期を迎えたいと思っているのか?その最期の場面に関わることが多い介護士。介護士をしているとお看取りをする体験が多くなります。その時、プロの介護士としてどのような視点をもち、何を大切にして支援をしていくといいのでしょうか。日々忙しい業務の中で工夫してできる支援を一緒に学んでいきましょう。
看取り介護とは?
近い将来、死が避けられないとされた人に対し、身体的苦痛や精神的苦痛を緩和・軽減するとともに、人生の最期まで尊厳ある生活を支援すること。
引用:全国老施協「看取り介護実践フォーラム」(平成25年度)
ターミナルケアと緩和ケアについて
1)ターミナルケアとは
ターミナルケア(終末期医療)とは「死に至るまでの時間が限られていることを考慮に入れる必要性のある状況下における医療」すべてを含みます。終末期といっても、がんによる死亡や高齢者の老衰死、小児の難病、神経難病、さらには救急医療の場面など多様な状況が存在するため 。
引用:日本医師会生命倫理懇談会「第 XV 次 生命倫理懇談会答申」
2)緩和ケアとは
疼痛(とうつう)の軽減などの対症療法を主とした医療行為にあたります。ご本人とそのご家族の肉体的・精神的苦痛を和らげ、生活の質(QOL)の維持・向上を目的としています。
看取り介護の現状
2025年(平成37年)以降、後期高齢者は2000万人を超え、高齢者の医療・介護の需要はピークとなるといわれています。日本の死亡者数は年間約137万人とされ、そのうち約68%が病院や診療所で死亡しています。ここ数年で「住み慣れた地域で自分らしい生活を続ける」ため在宅等での看取りの場が広がってきました。それと同時に高齢者施設でも「看取り介護」が実施されるようになり、特別養護老人ホームでは約7割の施設が看取り介護を実施、その対象者の多くがその施設で最期を迎えていると言われています。ただ、「看取り介護を実施する」と決めた施設でも、職員たちは予測できない変化がおきたらどうしたらよいのだろうか、苦痛があるときやご家族へ対応など「具体的にどうしていいのかわからない」と漠然とした不安を抱えているという声をよく聞きます。まだまだ課題の多い「施設での看取り介護」ですが、看取り介護の流れと、多職種連携について順に考えていきましょう。
引用:厚生労働省「人口動態調査:死亡の場所別にみた年次別死亡数百分率2020年」
看取り介護のながれ(入居から看取り後まで)
1)適応期(入居⇒1ヶ月)
施設の理念や看取り介護指針の説明、施設で対応できることの説明を行います。人生の最終段階における医療・ケアについての情報提供と、ご入居者自身が自分らしく生き、自分らしい最期を迎えることについての考え方を形成していけるように関わり始めます。
・ご入居者の意向や死生観について傾聴します。ただ、この時点での意向表明は決定事項ではありません。意向はいつでも変更できることを伝えましょう。
・ご入居者やご家族の死に対する考え方は異なりますし、身近な人の死などで死生観が変わることもあります。
・今後の経過予測を(安定・病状悪化・急性増悪・回復・衰弱・終末)を説明します。
・急変時の対応と連絡方法を確認しておきましょう。
2)安定期(半年後⇒ケアプラン更新時)
施設に慣れてきた時期に、意識の変化や今後の生活に対する希望等を把握し、長期的な目標を設定しましょう。そしてご入居者やご家族の思いは常に変化するものと理解しましょう。
・ご入居者との信頼関係ができてくると、入居時には聞きだせなかったことを話すこともあります。再度ゆっくりと時間をかけて丁寧に確認し表出された意向を否定しないようにしましょう。
・普段から親族を含めたご家族の「死」に関する考え方や意向についてコミュニケーションを図りましょう。
3)不安定期・低下期(衰弱傾向の出現か⇒衰弱の進行)
今後の経過といずれ予想される状態についての説明及び情報提供、施設で対応可能な医療提供とご入居者やご家族の希望する支援とのすり合わせをしましょう。
・衰弱傾向等の状況を的確に伝えましょう。
・医師からの所見をご家族と一緒に聞き、現在の状態とその対応についてご家族の意向(どのような医療行為やケアを望んでいるのか)を再確認しましょう。
・ケアプラン変更
・家族間の意思決定の調整をキーパーソンに依頼、必要に応じて支援しましょう。
・苦痛緩和や二次感染、合併症の予防に努めましょう。
4)看取り期(回復が望めない状態⇒ご逝去間近)
医師の診断と想定される経過や状態についての具体的な説明が必要です。ご入居者の日々の様子をまめに報告すること、ご入居者やご家族の受け止め方や気持ちの揺れなどへの対応をしていきましょう。そして、その人らしい最期が迎えられるように支援しましょう。
・時期をみてご入居者に会ってもらいたい人には早めに知らせるようにご家族に伝えましょう。
・ご逝去時の連絡方法やご逝去後の対応について再度ご家族に確認しておきましょう。
・ご家族の希望は変わることが多いです。その都度、お話を傾聴し、対応することでご家族の安心と信頼に繋がります。
・多職種で協力しご入居者とコミュニケーションを図りながら室温調整や換気などの環境整備や安楽の援助を行い、ご入居者・ご家族のお気持ちに寄り添う姿勢を大切にしましょう。
・ご家族面会時には、出来る限り訪室し、声をかけ、ご入居者の様子や行ったケア、感謝の気持ちをお伝えしましょう。
5)看取り(ご逝去)
ご家族のグリーフケアとご逝去後の手続きの支援をします。
・最期に悔いの残らないように、家族だけで過ごせる時間と空間を準備しましょう。
・状況をみて、ご家族に死後の処置を行うことを説明し、ご家族が希望されたら清拭や化粧を一緒に行いましょう。
6)看取り後
ご家族の死に対する受け止め方や気持ちの変化を見守り支えましょう。
・ご家族のお気持ちに留意し、ご入居者やご家族の意向に沿った看取り介護が提供できたかを振り返りましょう。
・職員同士で看取り後の振り返りを行い実施した看取り介護について検証、職員の苦悩やそこで得た学びを共有し、今後に活かしていきましょう。
引用:全国老施協「特別養護老人ホームにおける看取り介護指針・説明支援ツール」:厚生労働省「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」解説編
看取り介護実施における職種ごとの主な役割
介護士
食事・排泄ケア・清潔保持の提供、身体的・精神的緩和ケアと安楽な体位の工夫、コミュニケーション、容態確認のための訪室にて状態観察、経過記録記載、カンファレンスへの参加、エンゼルケア
看護職員
配置医師または協力病院との連携、職員への教育と職員からの相談対応、状態観察と必要な処置記録、疼痛緩和・安楽の援助、夜間及び緊急時のオンコール対応、家族への説明と不安の対応、カンファレンスへの参加、エンゼルケア
相談員・ケアマネジャー
ご家族との連絡・説明・相談・調整、多職種連携による看取り介護計画(ケアプラン)作成、多職種協働のチームケアの連携強化、夜間及び緊急時のマニュアル作成と職員周知、死後のケアとしてのご家族支援と身辺整理
管理栄養士
ご入居者の状態と嗜好に応じた食事の提供、食事・水分量等の把握、カンファレンスのへの参加、必要に応じご家族への食事提供
医師
診断、ご入居者・ご家族への説明と同意(IC:インフォームドコンセント)、健康管理、夜間及び緊急時の対応と連携体制、協力病院との連絡・調整、カンファレンスへの参加、死亡確認、死亡診断書などの記載
多職種連携
看取り介護においては、そのケアに携わる管理者、医師、看護職員、生活相談員、介護支援専門員、管理栄養士、介護士など従事する者たちが共同して「看取り介護計画書」を作成、ご入居者・ご家族へ説明、同意を得て看取り介護を行います。必要に応じて計画を見直したり変更することが必要です。
事例から学ぶ
特養入居中の要介護4の80代女性Aさん。家族関係良好で面会も定期的にありました。Aさんは信仰心が篤く、関係者の面会も頻回にあり信頼される人物でした。あるとき急に体調を崩し、食事量が次第に減少。水分もほとんど摂ることができなくなってきました。精密検査はご本人・ご家族ともに希望しておらず「看取り」となりました。
介護士が見ているポイント
Aさんが日頃どのような話をしているのか?信仰している宗教の内容を確認しました。家族とのかかわりや友人からAさんの昔の話などを聞いておき、Aさんがどのような「最期」を求めているのか?について多職種に伝えました。
医者が見ているポイント
疾患の進行具合や、血液検査の結果などから薬の処方を検討。家族への「看取り」について説明と同意(IC:インフォームドコンセント)を行いました。
看護師が見ているポイント
医師からの指示で血液検査やバイタルサインを確認し、医者への報告と相談をし、医師の指示で血液検査の結果から必要な処置・状態に合わせた処置(吸引など)を行います。
管理栄養士が見ているポイント
ご本人の身体状況や血液検査の結果や体重を参考にして、栄養学的な観点から食事形態の変更や栄養補助食品の検討をしました。
ご家族を踏まえての話し合い
上記の内容を踏まえ、互いに専門職として「ケアの方向」を提案していきますが、介護士がご本人やご家族の求める「最期」のイメージを伝えることで、ケアの方向が決まります。ここでは「宗教上の理由で点滴や輸血などをしたくない。」「昔のように自然な形で亡くなってほしい」この2点を叶えられる様にチームとして協力していくこととなりました。
実際の支援内容
・食事は食べることができる分のみ体力のある時は食堂でいつもの席で食べる。
・水分も飲むことができるときに、飲めるものを飲んでもらう。
・入浴の際は、看護師が付き添い入浴をする。
・バイタル測定を夜間帯寝る前・起床時は介護士(起こりえる緊急時の対応を看護師から聞き取り介護職内で周知)、日中は看護師が行う。(医者への報告は看護師)
・家族の面会時などには各専門職より現状を伝える。介護士は特に日頃の本人の発言や、表情などを伝える。差し入れしてもらって食べることができそうなものなども伝える。
「最期」の時
上記がすべてではありませんが、およそ3週間で最期を迎えることになりました。実際最期の数日は極度の脱水により意識がなくなり寝ている状態となります。職員は頻繁に部屋を訪れ声かけをします。ご本人が好きであった曲を流し、時には好きな飲み物やご家族が飲ませたい物や食べさせたい物を口腔ケアの際に使用することもありました。「最期の時」穏やかな表情になり亡くなられます。苦しそうな呼吸の時間も短く、ご家族も「望んでいた「最期」を迎えることができてよかった。後悔はありません。」と仰いました。
まとめ
厚生労働省「人口動態調査:死亡の場所別にみた年次別死亡数百分率」 の調査をみると2005年をピークに病院で死亡する割合が2020年には68%まで減り、一方自宅で死亡する人は16%に増えています。多くのアンケート調査で「最期は何処で亡くなりたいか」との問いに6割ほどが「自宅」と答えていました。自宅での死亡の割合が増えてきたのは喜ばしいことでありますが、病院で死ぬことの割合が下がった原因はおそらく「施設で亡くなる方≒施設でのお看取り」が増えつつあるということではないでしょうか。ご入居者が人生の最終段階にこれまで暮らしてきた馴染みの場所で、なじみの職員に囲まれておだやかな最期をむかえるためにも、私たち介護士は多職種で連携をとりながら「ご本人の望む最期」をカタチにすることがプロとして大切なことではないでしょうか。